ハコボレ日記

演劇企画ハコボレ 前田隆成のこぼれ話

同級生のこぼれ話

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交信をします。

 

 先日の話。ハコボレの会議後に夜の天王寺を歩いていると懐かしい顔を発見した。高校の演劇部で三年間共にした同期の女子4人だった。4人は卒業してバラバラになる前に一度会おうと食事をしていたらしい。当時の演劇部の同期は私を合わせて5人。フルメンバーである。ハコボレの照明を手伝ってくれた1人以外は、皆と会うのは実に4年振りである。「誘ってくれたらよかったのに」と言ったが、向こうは前田が忙しそうで声をかけずらかったそうだから遠慮してたと言った。

一緒に高校生漫才に出場した相方。常にマスクをした演劇大好きお化け。

今でも「前田さん」と距離を置く音響。化粧が溶けて黒い涙を流す部長。

 嬉しくて、懐かしくて。演劇部で生きていたあの頃に戻ったみたいだった。立ち話で50分くらい、終電ぎりぎりまで話をしていた。当時は辛かったことも今は笑い話になった。それぞれの進路も聞いた。4人の内2人は東京へ行くみたい。他の二人も就職する。順当に行けば、大学4年の卒業の年。皆と会うまで実感がなかったがこれが普通の事で皆は春からは立派な社会人。それぞれが過ごした4年間。みんなは確実に次の段階へと進んでいる事に驚いた。みんなそれぞれが私の事も気にしてくれていたらしい。「映画出演おめでとう。まだ見てないけど」と、みんなで祝ってくれた。

 最後に「タイムカプセルを埋めよう」と計画を立てて別れた。きっとタイムカプセルを埋めるまでにまた3年はかかる気がするが、また会えると思うと嬉しくなった。

 

 そして3月1日、23時過ぎに中学の同級生から電話があった。「地元の熊取で集まってるから来て欲しい。みんな喜ぶと思う」懐かしい声だった。急いでシャワーを浴びて、カラオケレインボーまで原付を飛ばした。

 勢いで来たけど、中学校の同級生は卒業してから会っていない。こちらは実に7年振りだ。7年。小学校を卒業してもお釣りがくる。扉の前で右往左往してると電話をくれた彼が出かけてくれた。室内へ案内されると20人くらい居て驚いた。剣道部の同期や塾が一緒だった人。文化祭でギターを弾いて一緒に歌ってくれた人。皆の名前を憶えていた。剣道部の一人は泣いて喜んでくれた。お酒の力もあるだろうが「もう会えるとおもってなかった」といってずっと泣いていた。「映画凄いやん。まだ見てないけど、おめでとう」「自分で劇団やってるねんな」「熊取からスターになってや」それぞれが私の事を応援してくれた。期待されている事は素直に嬉しい。頑張ろうという活力になる。同時に焦りを感じたし。悔しくなった。私は次の仕事が決まっていないのだ。

 同級生がそれぞれの場所で頑張って次の場所へ行く。そんな節目の年。私は4月8日に23歳になる。毎年、毎日が勝負と思って生きてきたつもりだったが、やはり甘かったように思う。再来週には落語公演を、5月と11月にも大阪で公演を行う。どちらも新作だ。もちろん基盤はハコボレの成長だ。でも私が何者か出ないとハコボレの発展は成しえない。

 だから4月から俳優としての活動で東京で戦おうと決めた。もういいだろう。高校卒業して4年間。きっと逃げてきたのだと思う。次を期待される重みをひしひしと感じているが現状次の仕事は決まっていない。綺麗事を言うつもりもない。なにがなんでも掴み取るために逃げられない環境へ。身を投げなければ錆びるばかりだ。この焦る気持ちが懐かしい。ずっと何かを掴まないと次が無いと焦ってもがいていた頃の方がはるかに強い。今の自分はどうなんだろう。ちゃんと頑張れてるのかよ。そんなことを思う。

 

2週間後。3月13日と14日に「人の別れ」を題材に落語と演劇の公演を打つ。

落語と芝居だ。落語は「反魂香」という、亡き妻に会いたいと思う故に空回りしてしまうお話。演劇は「たちきり」という題で40分弱の新作を書き下ろした。未練のある芸人が過去の友人を訪ねる話。思い出は綺麗で、現実は辛辣。そんな今を書く話だ。

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前田隆成